2011年12月23日

顔つきは中程度

最悪の最悪も覚悟して、検査結果を聞きにいってきた

医学的には違うのかもしれないけれど、今回の私の想定は

一番 がんではありませんでした!ただの乳腺症です
二番 ホルモン療法の効果が期待できます

・(中略)

最悪 手の施しようがありません

だったが、結果は「二番」
うれしくはないことだけど でもうれしかった

「とてもオーソドックスな乳がんです」

へ?オーソドックス??ですか
こういう表現をするんだな、ということに驚きつつ、
逆に特殊な型です、とか説明しなければならない場合は大変だろうなと想像する

「顔つきは中程度」

は?顔つきって何ですか?

「細胞の悪性度のことで・・・・」

説明の言葉ひとつひとつは忘れてしまった、”顔つきは中程度”という言葉の衝撃で
だって、そんな言葉人生初めてだよ
でも、これって、がんという病気では普通の語彙で、知らない私が無知ってことなのかと
そのときは思った

「ホルモン療法が効くタイプのがんです」
おー、それが聞きたかったんだよ
どうも顔つきがもっと悪いと、ホルモン療法しても無理、っていうことらしい
ホルモン療法すると、がん細胞の増殖が止まり、転移を抑え、
今あるしこりが小さくなることもあるらしい

「腫瘍マーカーをみても、今のところ転移も見られないし 
 からだの他の部分への悪影響はないと考えられます」
いや、もはや、この2ケ月間、全快とか目指してなかったし
しこりが小さくなるなんてことも想定してなかったし

「今、飲んでいるお薬との飲み合わせも問題ないので、今日から」
ちっちゃい錠剤1粒 アリミデックス1mg
副作用としては、骨密度が減ることがあるらしいので、その点は要観察とのこと

さすがに、乳腺外科の処方なので、粉末にはしてくれてなかったが
他のお薬と一緒に、乳鉢で砕いたらすぐ粉々になった
胃ろうからの投与も問題なし
ただ余りにも小さいお薬で、ほんとにこんなんで効果があるのかなという感じ

病院から帰ってきて、速攻、顔つきという言葉をネットで検索したけど
そんなにたくさんヒットしなかった なーんだ知らなくても不思議はないんだ
あの先生がよく使う表現ってことなのかな?
凶じゃなくて、中吉みたいな感じで受けとめているけれど、それでいいのかな
そういえば、大中小の中なのか、高中低の中なのかすら分からない
中って便利な言葉だ

あ、そうか、線条体黒質変性症と違って、
病気というのは普通は治癒を目指すものなんだよな
そういう当たり前のことに今さらながら気づいた

我々姉妹が笑いすら浮かべながら、質問していたことを
先生は変な人たちと思ったのかもしれない

もっと顔つきが低い(小さい?)ときに、ホルモン療法始めていれば・・・
という後悔もないことはないけど、なんかね、違う次元の話なんだな、それは
母の運はまだまだ残っている気がしたのです

一日一日いろんな恐怖と隣り合わせで生きてきた私にとっては
飲めば治る可能性のある薬、というのは、夢みたいなんですよ、先生

心配がなくなったわけでもなんでもないのだけれど
でも、未来がみえるっていいじゃないですか
しこりが劇的に小さくなることを期待して
線条体黒質変性症の治療方法が見つかる日まで
元気でいるっていう目標に向かって
posted by ぐうたら娘 at 17:10| 東京 曇り| Comment(0) | 在宅看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

検査に行くことにした


この15年たたかってきた
それなのに、今度は、違うやつがやってきた

なんだか、肩透かしをくった感じだ
それはないよ

相手が急にかわった

もちろん、15年たたかった相手も、まだ居るんだけれど
なんかそっちは休戦みたいな感じがしてる

刀でやりあってたのに、急に、ピストル出された、みたいな感じ
おいおい、こっちは、ピストルなんて持ってないよ
反則だろ

でも、こんなところで負けるわけにはいかないんでね

相談に行ってきた

全身麻酔は危険だそうだ 
自分の考えと相違なかった納得感と、外科手術ができない脱力感と

化学治療も危険だそうだ
どこに、どんな、影響が出るか分からないんだそうだ
いつも同じことを思うけど、宇宙にいける技術があるのに
なんで副作用を退治できないんだろ

唯一の望みはホルモン療法だそうだ
ただそれが効く種類の腫瘍かどうかは細胞検査をしないと分からないんだそうだ

人工呼吸器をつけた脳神経内科の患者の細胞検査は、初めてなんだそうだ
この大病院でも?
また、どうして、そんな珍しいことになっちゃって

乳腺外来の診察室に看護師さんたくさん来て、先生も頭抱えちゃった感じだった
でも、見捨てた感じはしなかった
知恵をしぼってくれようとしている感じは見えた

1年半ぶりに会った脳神経内科の担当医は、それはもう仕方ない、っていう感じだったから
ホスピスという言葉も出た
その言葉をここでいま出されるとはさすがに予期してなかったから動揺した
そのあとだったから、乳腺外来の対応は、少しうれしかった

来月、日帰りで検査に連れていく
入院でなくてよかった(ベッドも空いていないと言われたけど)

先のことを考えすぎてしまうのはやめようと思っている
知らなくてよかったこと、これまでもいっぱいあったから



posted by ぐうたら娘 at 23:28| 東京 晴れ| Comment(5) | 在宅看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

新たな始まり

家で超音波(エコー)検査をしてもらった

大きさ、ひろがりからみて、ほぼ間違いなく悪性腫瘍だろうとのこと
そんなに簡単に分かっちゃうのか・・・・
腫瘍マーカーの値はちっとも高くなかったので、
そうじゃないことを期待してたんだけれど

かかりつけの訪問医から、大学病院の乳腺外科に相談してくれることになった
積極的な治療をするか、このままにしておくかの相談をすることになる

泣いた、泣いた、泣いた、泣いた、泣いた

今ならすぐ女優になれるくらい すぐ泣ける
ふざけてるんじゃなくて、ほんとに、すぐ泣けるから

1995年にパーキンソン病と診断され
1996年に線条体黒質変性症に診断が変わり
2001年に気管切開し、胃ろうを作り
2010年に人工呼吸器をつけて

この流れに、悪性腫瘍は要らないでしょう
そんなものまでやってこなくていいでしょう
なんでかなあ なんでそんなものきたかなあ

今まで思いを馳せなかったようなことがたくさん頭を巡る
自分のキャパが試されているのか

溶けてなくなったり
切り取って消えたり
しないものかな

やっつけてやりたい

やっつけられないなら、せめておとなしくしててほしい

それにしても、それにしてもだな
posted by ぐうたら娘 at 01:01| 東京 晴れ| Comment(0) | 在宅看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

胸のしこり

人工呼吸器をつけて、退院して、家に帰ってきてすぐぐらい、
だから1年半前のこと
左胸にしこりがあるのに気づいた

わたしが生まれる前、母が20代の頃に、同じ左胸にしこりができて
手術をしたことは聞いていて、左胸に傷あとも残っている
乳腺症かなにかだったのかなあと思うけど
そのわりには、定期的に検査とかしてきてなかったとなあと
今更ながら思う

で、そのしこりが、前よりもちょっとずつ大きくなっている
2-3カ月に一度の血液検査のたびに腫瘍マーカーは調べているけれど
それですべてが分かるわけでもないし

検査になれば、大学病院へ入院とのこと
その前に、家でエコーで診てくれるとはいうけれど、たぶん分からないんだろうな
というか、絶対大丈夫とはいえないだろうから、入院検査を勧められるんだろう

でも、仮に、何かが分かっても手術は選択しないと、
わたしのなかでは答えが決まっている

気切で人工呼吸器でも、全身麻酔は大丈夫というけれど、
身体に負担がかかる、心臓にも負担がかかる、そんな無理をするかといったらしない
そんな入院で、感染症になったり、
手術で合併症になったりしたら、後悔してもしきれない

わたしは同意書に署名できない

だから検査入院もしないと思う 他の家族は同意しないだろう、検査はしようと言うだろう
でも、わたしは説得するつもり

人工呼吸器をつけて家に帰ってきて分かったけれど
もう、病院に母を置いて、自分が帰ってくることは、わたし自身ができない
ICUならまだいいけれど、普通の病棟には入れられない
その恐怖にはわたしは堪えられない

病気は一つまでにしてほしい
posted by ぐうたら娘 at 15:41| 東京 曇り| Comment(0) | 在宅看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

先生ありがとう

往診は、週に2回 曜日によって先生が決まっている

金曜日の先生は5年間変わらず診てくださっているママ子さんの大のお気に入り
寸でのところで盲腸を発見してくれた先生でもある

毎週、診療の時間、私には絶対に見せないような満面の笑みを見せる
本当にニコニコしてうれしそう
15分くらいの時間が幸せに流れているのがわかる
なぜ先生だけが特別なのか
いつもいつも不思議に思っていた

それが、この3月で病院を離れることになったとのことで
さよならしなければならなくなってしまった

3/25の診療が最後、と聞いたのは2週間前
そう、あの地震の直前だ

さよならの話を聞いたときは、悲しくなった
なにより母もすぐに理解したらしく、泣き顔になった
でも、そのときは、また会えるからね、などとママ子さんを慰めていた

数時間後、すべてが変わった

想定外といわれる地震と津波
私は映画を見ているんだと思いたかった
テレビの画面の上の水の大群を手で押し戻したけど戻らなかった
原発に端を発する停電やら水やらの二次災害のニュースが連日続く

我が家の在宅看護は、足りないことだらけであることを痛感しながら毎日を過ごした

もちろん、万全と思っていたわけではない
できていないことはあるけど、別に、今じゃなくてもいいだろう
そう思っていた、例えば、自家発電機
頭では分かっていたことだ、私が行動に移していなかっただけ
すべての責任はお前にある、そう天から声が聞こえる

でも、そんな私の浅はかさを吹き飛ばしてもなおまだ余りある威力の災害を前に呆然としている

我が家の人工呼吸器ピースケちゃんの純正外部バッテリは2個用意してある
計画停電には対応できても、????は消えない
2つあわせても、たぶん、もって10時間がいいところだろう

我が家には、車がない
仮に車をお借りできても、我が家はマンションの4Fだ
いったい何メートルのコードがあれば、車のバッテリーに接続できるのか
おそらく現実的ではないだろう

頼みの自家発電機ですら、作動時間がそう長くはないことをこの2週間のニュースで学んだ
しかも、ガソリンが無くなってしまったら、何の役にも立たないということも分かった
我が家は、何時間もガソリンスタンドに並ぶことはできない

でも、ちょっと待ってくれ

いったい、いくつバッテリーがあれば安心できるの?
そんな安心なんて、どうやったって手に入らないということをこの2週間体に刻み込まれた

そのとき私はアンビューを押し続けられるだろうか?
私が睡魔との闘いに負けて、母の命をとめてしまうのではないだろうか、そんな夢も見た

数分の地震が、こんなに重い問題と、これから永遠に付き合っていかなくてはならなくした
答えはない と思う
でも、これは感謝しなくてはならないことなんだろう

命があり、どんな問題であっても向き合える今を生きていられることに感謝しなければならない
バッテリーの個数も、時間も、これに比べれば、二の次でしかない
もちろん備えをあきらめてはいけないし、あきらめるつもりもないけれど
でも、なにかそういうこととは次元の違うことが起きたんだ、これが2週間経ったわたしの心情

大切に看護され、大切に看護していた命もたくさんあっただろうと思う
そんな皆様のご無念を決して忘れてはならないし、無駄に生きていってはいけないと心から思う
亡くなれた皆様のご冥福を心よりお祈りします


こんな中での先生とのさよならは、なんだか格別の思いがあった

母は言葉は発することができないけれども、さようならが分かっている
先生、どうもありがとうございました、と言っているように見えた
先生、これからも、お仕事がんばってね、と言っているようにも見えた

母の、そして、わたしの5年間の感謝の想いで、涙がとまらなかった

「先生、母と一緒に記念写真撮らせていただいていいですか?」
「喜んで」と先生はおっしゃってくださった
こんな患者というか、こんな家ないだろうな?!まあ、そんなことはどうでもいいのだ

普段まぶたが重たくて、目が開かない時間も多いのだけれど、ママ子さん、本番に強かった!

先生のほうをしっかり見て、しっかり目も開いて、大きな口まであけて、
本当に笑い声が今にも聞こえてきそうな、これ以上ない、すばらしい笑顔の写真が撮れた
こんな素敵な写真が撮れるなんて、思ってもみなかった

先生も涙ぐんでいるように見えたのは、わたしの見間違いではないと思う

「〇〇さん(母の名前)ごめんね、ごめんね、次の先生にもしっかり言っておくからね」と
先生は、何度も母に話しかけていた

先生のその優しさが、母は分かっていたんだな
だから、あの特別な笑顔になるんだろうな

先生、これまでありがとうございました
でも、願わくば、また、戻ってきてください、母はきっとずっと待っています









posted by ぐうたら娘 at 02:51| 東京 晴れ| Comment(0) | 在宅看護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする